受験生とゲストのみなさまへ

2017年11月11日

寂しい生活④

『寂しい生活』の紹介、今回が最終回です。
「電気はない」ものとして生活を始めた稲垣さん。ついにここから、ルビコンの川を
渡り、次々と電化製品を捨てていきます。まずは掃除機、電子レンジ、そしてエアコン。
しかし意外なことに、それらの電化製品を捨てた後には、本人すら想像できなかった
世界がひろがっていきました。そのことを著者自身はこんな風に表現しています。

 

「これなしでは生きていけない」と思っていたものが、実は、なくたって生きていける。
それは考えたこともない衝撃でした。それどころか、何かを手に入れることは、実は何
かを失うことであったのかもしれない。(本文63ページ)

 

酷暑の8月の京都。肌につきさすような日差しを浴びながら、稲垣さんは建仁寺へと足
を運びます。そして建物の中に入ったとたん、これまで味わったことのなかった「涼」
を感じたと言います。

 

「窓ガラスのない重厚な木の建物は、冷房なんてないのに、足を踏み入れただけでも圧
倒的に涼しいのである。それだけじゃない。そこらじゅうに「ざーっ」という勢いで風
が流れている。さっきまでの街中のあの無風状態が嘘のようだ。(本文98ページ)

 

しかしここで稲垣さんは、それを感じているのが、どうやら自分だけだと気づくのです。

「ほとんどの人がうちわやら扇子やらハンカチやらでせわしなくバタバタと顔をあおぎ、
なけなしの風を必死に送っている・・・・・「アツアツ」と念仏のように呟き続けるお
じさまもいる。っていうかそういうおじさまが圧倒的多数だったのである」(本文100
ページ)

この感覚を、稲垣さんは「私だけに見える極楽」と表現しています。
さて、この後、ついに彼女は「冷蔵庫」をもやめるという挙に出るのですが、そこから
の展開は、驚くべきものでした。そこはぜひ本書を読んでみてください。
東日本大震災から、はや7年を迎えようとしています。本書は、忘れかけていた震災当時
の私たちのエネルギーへの真摯な態度を思い起こさせてくれました。
福力